東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1187号 判決 1984年3月29日
控訴人 甲野産業株式会社
右代表者代表取締役 乙山春子
右訴訟代理人弁護士 土屋英夫
同 日暮覚
被控訴人 株式会社 千葉相互銀行
右代表者代表取締役 吉成儀
右訴訟代理人弁護士 小林孝二郎
同 荻野弘明
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金八六一六万二九〇四円及びこれに対する昭和四七年一月八日から同年四月八日までは年四分の割合による、同月九日から支払ずみまで年六分の割合による各金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上の主張は、次のように補正、附加するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
1 補正
(一) 原判決理由以外の部分5丁裏一行目の次に、行を改めて、次のように加える。
「被控訴銀行主張の、平砂浦グランドホテルにおいて二郎、一郎、花子ら三名の間で最終的に確認されたという、控訴会社の財産処分に関する合意は、以下のように手続的にも実質的にも違法、不当なもので、控訴会社の取締役会決議としては成立していないし、仮に成立しているとしても無効である。」
(二) 同四行目の「ない。」の次に、続けて、「手続面では、招集手続、議事録の作成はなく、当時取締役の一人であった甲田梅子は出席していなかったし、実質的にも、右三名の者らの意識としても、控訴会社の資産処理を合意したというより、同人ら一家の財産を並べて処分を検討したに過ぎない。」を加える。
(三) 同八行目の「専決事項である。」の次に、続けて、「また、右三名間の合意は会社解散に向ってその準備をしようとするものであるが、株式会社の解散は商法第三四三条の規定による特別決議がなければできず(同法第四〇五条)、取締役会はそのような権限を有しない。」を加える。
(四) 同一〇行目の「含まれていたとしても」の次に、「、各財産の処分価格をどのようにするのか、売却金の返還の時期、返還できないときの措置等についての取きめが欠落しているから、会社と二郎らとの間において諾成的消費貸借ないし消費寄託が成立したということはできないし、しかも」を加え、同一一行目の「自己取引である。」の次に、続けて、「したがって、一郎も二郎も右合意につき特別利害関係人に該当し、議決権を行使できなかったのであるから、右合意が取締役会の決議として有効に成立する余地はない。」を加える。
(五) 同8丁表二行目の次に、行を改めて、次のように加える。
「(4) 右(1)から(3)までのほか、本件預金払戻し前後の二郎の行動からすると、二郎に右払戻金不法領得の意思があったことは明らかである。」
(六) 同10丁裏三行目の「確認した。」の次に、続けて、「なお、本件定期預金の届出印も、従前からの右控訴会社代表者印であって、二郎の個人印(被控訴銀行主張の岩清印)ではなかった。」を加える。
(七) 同15丁裏三行目、四行目の「甲田梅子が取締役を辞任した以降は」を、「甲田梅子は昭和四五年七月取締役を辞任しており、」と改め、同16丁表四行目の「る。」の次に、「この場合、二郎がチェリーパチンコ店の売却代金を自己の用途に使用することが二郎にとって自己取引に該当するとしても、二郎は取締役会に出席して意見を述べることができ、かつ定足数に算入されるのであるから、右議決につき二郎に議決権がなくても、その際出席した取締役一郎の承認により右決議は有効に成立したものである。しかも、他の取締役である花子は、形式的には出席しなかったが、二郎に一任しており、事実上右合意(決議)に賛成していたから、実質的に取締役全員が賛成していたのである。」を加える。
(八) 同16丁表五行目の「同2(四)(4)は争う。」の次に、続けて、次のように加える。
「しかも、控訴会社は同族会社であるばかりか、一族の殆んどの財産は会社財産に組入れられてきたこと、設立当初から株主総会や取締役会が正規の手続で開かれたことは一度もなく、必要に応じその議事録が作成されたにすぎず、外形上は株式会社であるが、その運営は個人経営に近いものであった。そして、昭和三八年一一月二郎が代表取締役に就任してからは、二郎が営業全般を取仕切り、その判断と努力で控訴会社の業績を向上させてきた。したがって、控訴会社の運営をめぐる問題を形式面から割切って考えるべきではなく、前記平砂浦グランドホテルでの二郎、一郎らの話合いも、文書による招集手続こそとられなかったものの、取締役全員の同意を得て行なわれたものであり、従前太郎が社長であった時代から行われていたのと同様に、一郎、花子ら関係者一同が了承するという方法により定められたものであるから、手続的にも適法なものであるということができる。」
(九) 同裏一〇行目の次に、行を改めて、次のように加える。
「(4) 同2(八)(4)の事実は否認する。本件定期預金は、控訴会社の従前の預金と区別して、岩清印を使用の上遊技場支店名義で普通預金としたものの中から順次振替えてなされたものであるが、控訴会社の適法な取締役会の決議、承認に基づいて、二郎の管理下にあったのである。ところが、一郎は昭和四七年一月三一日突如二郎に対し会社ひいては会社財産は二郎が管理する預金も含めて同人と父太郎のものだと申向け、従前の方針を主張する二郎と喧噪状態のまま物別れとなり、その後本社金庫内から控訴会社の全株券、株主代帳、控訴会社代表者印等を持去った。右の一郎の行為は、従前の取締役会で合意された方針の一方的破棄であるにとどまらず、一郎及び父太郎の個人的利益を図るための実力行動で控訴会社の支配権を奪取し、二郎の代表取締役としての地位及び預金の管理者としての地位を排除しようとするものであるから、二郎の本件預金解約及び他の金融機関への預け替えは、一郎個人から右預金の管理権が奪われるのを防ぎ、会社財産を保全するための正当行為であった。したがって、本件預金解約等につき二郎に不法領得の意思はなく、代表権濫用にも該らない。」
2 再抗弁に関する附陳
(一) 控訴人
会社に二人の代表者がおり、共同代表の定めがない場合に、二人の代表者のうち一人が、銀行に対し他の一人が横領しようとする事実を訴えて預金の支払の停止を求め、銀行側もこれを承諾しながら、その翌日に、他の一人の弁明のみを鵜のみにして、訴えた代表者にその真否を確認することもなくその支払をなしてしまうようなことは許されるべきでない。銀行としては、預金の支払を停止し、その代表者からの預金支払請求の訴えを待ち、他の一人の代表者に訴訟告知をして、その預金を支払うべきかどうかの帰結を二人の代表者間における帰結に委ねるべきである。
したがって、本件において被控訴銀行が控訴会社の代表取締役の一人である一郎の意向を無視し、二郎の本件定期預金解約、払戻しに応じても、右解約は無効であり、預金弁済の効力はない。
(二) 被控訴銀行
右(一)の主張は争う。すなわち、二郎が控訴会社の代表取締役として、たって本件定期預金の解約及び払戻しを請求したときには、寄託を受けている被控訴銀行としては、払戻しに応ぜざるを得ない。ことに、二郎は、控訴会社の代表取締役社長として自から被控訴銀行へ来店して本件預金の預入れに携った者であるところ、預金者である会社に複数の代表取締役がおり、その意見が対立していた場合において、その横領の意思が明らかにされない限り、自から預金に携った代表取締役社長が預金証書と届出印を持参して払戻しを請求するときは、銀行としては、解約に応ぜざるを得ない。その支払を拒絶した上で、預金支払請求の訴えを待つが如きは、公益機関としての銀行のとるべき方法ではない。また、本件のように、預金した会社の三名の取締役中二名(二郎と花子)が払戻しを請求すれば、たとえ他の一人(一郎)が反対の意思を銀行に表明したとしても、横領の意思が明らかである等の特段の事由がない限り支払をすべきであるところ、前述のように花子は二郎に同調していたのであるから、結局被控訴銀行は二郎の申入れによる本件解約、払戻しに応ぜざるを得なかったのである。
三 《証拠関係省略》
理由
一 控訴会社が被控訴銀行に対し昭和四七年一月八日金八六一六万二九〇四円を満期同年四月八日利率年四分の定期預金として寄託したこと、被控訴銀行が昭和四七年二月一日控訴会社の当時の代表取締役二郎からの右定期預金契約の解約の申出を承諾し、預金全額を同人に支払ったことは、いずれも、当事者間に争いがない。
二 控訴会社は、二郎の右解約申出は代表権限の濫用であるところ、被控訴銀行は、これを知りながら、もしくは重大な過失によりこれを知らずに、右申出を承諾して預金を支払ったものであるから、右合意解約は無効である旨主張する。
しかし、当裁判所も、控訴人の右主張は採用し難いと判断するものであり、その理由は、次のように訂正、補充するほか、原判決理由部分の1丁表四行目以下と同一であるから、これを引用する。
1 原判決理由部分1丁表四行目の「二郎の代表権限の有無について」を「本件定期預金契約の成立、解約等の経緯について」と改め、同一一行目の「こと」の次に「、共同代表の定めはなかったこと」を加える。
2 《証拠付加・訂正省略》
3 《証拠省略》を、各加え、同九行目の次に行を改めて左のとおり加える。
「控訴会社においては、会長と呼ばれていた太郎が前記犯罪により収監(昭和四五年)される前から、社長である二郎が被控訴銀行の取引に当たってきており、同行船橋支店の中村支店長、忍足行員らは、もっぱら二郎と取引し、一郎とは面識も薄かった。」
4 同10丁裏一一行目の「載した。」の次に、左のとおり加える。
「右二口の定期預金は、届出印を「岩清」印とする普通預金からの振替えであり、「岩清」印を届出印とすることとされていたところ、控訴会社代表者印を届出印とする従前の控訴会社の定期預金とは届出印を異にするものである。このような場合、被控訴銀行の正しい事務取扱いは、等しく控訴会社の定期預金であっても届出印ごとに元帳を別個に作成するのであるが、当時、被控訴銀行においてコンピューター処理に伴う一取引先一帳簿化が進められており、そのため、担当行員が右二口の定期預金につき別個の元帳を作成することをせず、控訴会社代表者印を届出印とする同社の従前からの定期預金元帳に混同して記載した。」
5 同10丁裏末行の「なされている。」の次に「また、その後同年二月頃控訴会社代表者印を届出印とする定期預金と岩清印を届出印とする定期預金について、別々の元帳が作成された。」を加える。
6 同11丁裏一行目の「なお、」を削除し、同七行目の「記載された。」の次に、続けて左のとおり加える。
「ところで、右一五〇〇万円の定期預金の届出印は、前に認定したように岩清印とされることとなっていたのであるから、右「岩清」印による解約を「印相違」として便宜取扱簿に記載する必要はなかったのであるが、前述のように被控訴銀行担当者において「岩清」印を届出印とする右一五〇〇万円の定期預金を控訴人代表者印を届出印とする定期預金の元帳に混載していたため、担当者が誤って「岩清」印が代表者印と異っていることから「印相違」として右取扱いをしたものである。したがって、右「印相違」の取扱いがなされたことからは、右一五〇〇万円の定期預金、更に九〇〇〇万円の定期預金の各届出印が会社代表印であったということはできない。」
7 同12丁表末行の「なされた。」の次に、続けて、左のとおり加える。
「右のような取扱いがなされたのは、前記一五〇〇万円の定期預金解約の場合と同一の理由による。また、補完日が一月二〇日とされているが、それは、前述の経緯に照らすと、同日になって初めて「岩清」印が届出られたとか、それまで届出印が控訴会社代表者印であったものを同日「岩清」印に改印届されたことを意味するものでなく、同日前記取扱いの誤りに気付き、本来「印相違」ではないことが明らかになったことを示すものと推認される。
以上の経緯によると、本件定期預金の届出印は、当初より「岩清」印を届出印としているものである。」
8 同14丁表六行目の「そして」から同裏末行の「措信しない」までを、次のように改める。
「中村、忍足らは、一郎の言を左程信じなかったが、同人において取引印を所持しているのであれば預金は他人が下ろすことはできない旨答えた。
控訴会社は、更にその際中村らは、一郎が持参した右印と控訴会社名義の定期預金元帳添付の届出印の印影照合を行い、一郎に元帳を見せた旨主張し、原審証人丙川一郎の証言中にはこれにそう部分があるが、たやすく信用し難く、他にその確証はない。むしろ、前記証人中村、同忍足らは明確にこれを否定しており、原審検証の結果、検甲第一号証の二、甲第一九号証(いずれもテープ翻訳)によっても印影照合とか元帳の呈示があったとは認められないのであり、中村、忍足らが、従来取引相手としてきており、信頼している二郎について激烈な非難を加える一郎の言を左程信じていないのに、二郎の兄であり、控訴会社の副社長ということで、たやすく一郎に元帳を呈示したり、持参の印と印影照合するとも考え難いのであり、これらのことを合せ考えると、右印影照合も元帳呈示もなかったものと認めるのを相当とする」
9 同21丁裏五行目の「(八)」から同28丁表九行目の「要しないものである。」までを次のように改める。
「2 二郎の行為についての被控訴銀行の故意、重過失について
右1のような事実関係であり、本件定期預金契約は、控訴会社の代表取締役社長二郎と被控訴銀行との間で合意解約され、二郎に預金が支払われたものであるところ、かかる場合においても、二郎の右行為が代表権の濫用であり、かつ、被控訴銀行にこれについての悪意もしくは知らなかったことについて重過失があるときは、右合意解約は無効であると解される。そこで、二郎の右行為が代表権の濫用となるか否かはさておき、被控訴銀行の故意、重過失について検討する。
(一) 故意について
前述したところによると、被控訴銀行船橋支店が長年控訴会社と取引してきたことは認められるが、同支店の中村、忍足その他の行員らが、控訴会社の複雑な内情、太郎、一郎、二郎らの深刻な確執、チェリーパチンコ店売却にいたる経緯の詳細や、二郎が、右売却代金につき「岩清」印を届出印として預金しながら、右預金を順次定期預金等に振替えて本件定期預金とし、更にこれを中途解約したこと等についての同人の意図、目的等を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、前記認定事実によれば、中村、忍足らは、右合意解約の前日、一郎より、二郎が、太郎を密告したこと、控訴会社の預金を払戻しこれを私しょうとしていること等を告げられたが、左程これを信ぜず、翌日二郎より、一郎とは夕べ話合ってすべて了解がついた、土地買受資金として本件定期預金を払戻しする旨云われ、これを信じて合意解約にいたったものであり、被控訴銀行に悪意があったということは到底できない。
(二) 重過失について
前記認定事実によると、控訴会社には代表取締役として二郎、一郎の二名がおり、共同代表の定めはなかったところ、被控訴銀行は、本件定期預金契約が合意解約された前日に、一郎から、二郎が右預金を払戻して私しょうとしているから下ろさないようにとの申出を受け、一郎において取引印を所持しているならば他人は下ろすことができない旨答えたにもかかわらず、翌日、二郎からの解約の申出に応じたものであり、一見被控訴銀行に過失があったかのように見えないでもない。
しかしながら、前記認定事実によって認められる、被控訴銀行と控訴会社との取引に長年当たってきたのは控訴会社の社長であった二郎であること、一郎と同行行員らとは面識も薄かったこと、本件定期預金に関しては、その源資である普通預金預入れのとき以来もっぱら二郎が取扱っていたこと、合意解約当日、二郎は、中村らに対し、土地買受残代金として本件定期預金を使いたい、しかも当日中に右残代金を支払わなければ既払の代金まで没収されると申出たこと、二郎は、本件定期預金証書とその届出印である岩清印を持参して解約の申込みをし、解約手続としてはなんらの瑕疵はなかったこと、更に、中村、忍足らが前日一郎より聞いたことに関し二郎に問いただしたところ、同人は、一郎とは夕べ話合ってすべて了解がついたと答えたこと等の諸事実に照らすと、中村、忍足らが、二郎と一郎との間の話合いもでき、二郎の本件定期預金の解約に格別問題はないとしてそれ以上の調査をすることなく、直ちに合意解約に応じたことは無理からぬところであり、右合意解約をするにつき被控訴銀行に重大な過失があったということは到底できない。
なお、右合意解約後、一郎らの詰問を受け、中村、忍足らが一郎と二郎の間の紛争を仲裁しようとしたことのあることは、既述のとおりであるが、このことをもって右判断を左右することはできない。
(三) 以上のとおりであるから、被控訴銀行に故意又は重過失があるとの控訴会社の主張は認められない。」
三 結論
以上の次第であるから、本件定期預金債権は、すでに解約により消滅していることになる。
そうすると、控訴人の本訴預金支払請求を棄却した原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 内田恒久 藤浦照生)
<以下省略>